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ロム・モール/L’Homme Mort

ロム・モール/L’Homme Mort

シャブリ・プルミエ・クリュ/Chablis Premier Cru(右岸)

死を連想させる言葉だが、隣接する「フルショーム/Fourchaume」の元となった絞首台との関係はない。すぐ近くに、ガロ・ロマン人の荘園が管轄する墓地があったためで、ここでは骸骨の入ったメロヴィング朝の石棺も見つかっている。フランス国内にある他の多くの場所と同様、その遺跡の発見により「死んだ人< Homme Mort >」という名前がついたと言われている。

  

レ・リス/Les Lys

レ・リス/Les Lys

シャブリ・プルミエ・クリュ/Chablis Premier Cru(左岸)

「レ・リス/Les Lys 」という名前は1816年、初めて記載され、それ以前には存在しなかったとされる。その当時、ここは「Champlain」の畑と呼ばれていたが, 1770年と1789年の地図によると、すでに「Séché」という畑には「リスの小道< chemin des lis >」(直訳すると百合の花の小道)という道がつながっていた。1816年以降、一部の土地所有者が 「Champlain 」の畑をその小道の名前「Chemin des lis」呼ぶようになり、次第に他の所有者にも広まっていったという。ただし、この「リス< Lis  >」は、百合の花(リス)とも王冠(かつてのフランス王家の紋章が百合の花)とも全く関係はない。
1829年の土地台帳で、「Champlain」のリュー・ディ/lieu-ditの上部が測量士により正式に「レ・リス/Les Lys」と認められている。従って、クリマ/Climatのレ・リス/Les Lys が出来上がったのは、1816年と1829年の間ということになる。この語源は、「Lis」から派生した「境界< Lisière > 」、境界を意味するラテン語の Liciumと考えられる。小道の語源により、1829年に測量士が 「Champlain 」 の上部を公式にリス「Lys 」とした。これは現在AOCシャブリ/Chablisである斜面下部と区別するためである。

  

メリノ/Mélinots

メリノ/Mélinots

シャブリ・プルミエ・クリュ/Chablis Premier Cru(左岸)

かつて「Minots」と呼ばれ,1537年には「Mélynot」と表記されるようになったこの名前には、2つの語源が考えられる。一つは、 「Moulin」 「Moulinot」「Petit Moulin」という言葉。かつてぶどう栽培者たちは、ぶどう好きの穴熊を近寄らせないよう、小石でいっぱいにした鉄製の小さな風車< Moulin à vent >を置いていたという。
一方で、シャブリ/Chablisには、「Mélin 」または「Méline」という名の一族が、中世の頃からぶどうを栽培していたというもの。こちらの説のほうが信憑性がある。この地に畑を所有していたであろう「Mélin」家より身分が低い 「Mélinots」家から来ていると考えられる。

  

 

モン・ド・ミリュー/Mont de Milieu

モン・ド・ミリュー/Mont de Milieu

シャブリ・プルミエ・クリュ/Chablis Premier Cru(右岸)
旗印となる主要クリマ/Climatの一つ。

「Mont de Miyeux」と呼ばれ,1218年に
「Montmelliant」と,1398年に「Mont de Milleux」と書かれるようになったこの名前は,かつてその中心に境界線が通っていた丘の特徴を残している。境界線
の一方はシャンパーニュ伯爵領にあるシャブリ/Chablisのフィナージュ*,もう一方はブルゴーニュ/Bourgogne公国領のフィナージュ。
*フィナージュ:領主や村が裁判権を持つ管轄区域

  

モンテ・ド・トネール/Montée de Tonnerre

モンテ・ド・トネール/Montée de Tonnerre

シャブリ・プルミエ・クリュ/Chablis Premier Cru、(右岸)
旗印となる主要クリマ/Climatの一つ。

このリュー・ディ/lieu-ditは、1537にはすでに現在と同じく「モンテ・ド・トネール/Montée de Tonnerre」と表記されており、オーセール/Auxerreからトネール/Tonnerreまでをつなぐローマ時代の古い道に沿って位置している。丘の上へとつながる道がある場所。

  

モンマン/Montmains

モンマン/Montmains

シャブリ・プルミエ・クリュ/Chablis Premier Cru(左岸)
旗印となる主要クリマ/Climatの一つ。

1537年から「Montméen 」や 「Montmoyen 」と表記されるようになり、またの名を「中間の山< Mont Moyen >」と呼ぶ。「モンマン/Montmains」は、2つの高い斜面に挟まれた中ほどの高さの山。